開発秘話
始まり
2008年の秋頃に見た植物工場のデモが脳裏に残っていた。土も太陽の光も使わずに野菜や果物を育てることができる。遠い昔の子供の頃に遊んだ、田園の農業用水路に生えていた植物が記憶に浮かんだ。土もなく植物は育つんだと感じたことを思い出した。植物は、実に多種多様な品種が存在し、希少で珍しい品種も多くある。植物栽培は楽しいものだ。しかし、鉢植えではなかなか育たず、よく枯らせて悲しい思いをした。また、気温が下がる冬場では、ちっとも育たないばかりか、霜で枯れてしまったりもする。植物工場のデモを見て、もっと確実に、より楽しく、おしゃれに植物栽培ができる可能性が見えたのではなかったのだろうか。身近な部屋の中で1年中、植物に囲まれた快適な生活思い浮かばせることができたのだろう。
基礎実験
先ずは実験とばかりに、協和株式会社のハイポニカを購入して水耕栽培を試してみた。確かによく育つ。しかし、気温の低い冬場は育たない。装置が大きすぎて、室内に入れることもできない。また、室内に入れたところで、太陽の光が入らないので枯れてしまう。夏場は、水温が上がりすぎて、水がお湯のようになってしまって植物は煮えてしまう。なので、屋外栽培は、楽しめる期間が非常に限られてしまう。栽培できる期間が限られるので、実験回数も少なくなる。いろいろな品種で実験しようとすると、結果が得られるまでに膨大な時間がかってしまう。
もっとコンパクトなサイズで、1年中、栽培実験できるものがないのだろうか? Webで色々探してみた。AeroGrowというものがイメージに近いように思われた。しかし、これは120Wもの消費電力を使い、また寿命6ヶ月の蛍光灯を使うものであった。これでは、電気代がバカにならない。もっと低消費電力のものはないのだろうか? 青色LEDが発明されてから、白色LEDが作れるようになり、生産量が増えるにつれ価格も下がってきた。消費電力の少ないLED光源で植物栽培はできないものだろうか? 早速、発売されたばかりのLED電球を購入し栽培実験を始めた。栽培装置は、ホームセンターや100均でかき集めたバラックな栽培装置であり、お世辞にもいいデザインのものとは言えなかった。しかし、栽培能力は高く、レタスなどの葉物類は栽培できた。しかも1ヶ月ほどで大きくなった。露地栽培よりも生長が早いことは明らかであった。試作した実験装置には、致命的な欠点があった。装置が大きすぎて場所をとる。その為に栽培装置を数多く並べることができない。これより先に進むには、積み重ねることができる栽培ユニットが必要であった。
開発のスタート
そんな折、しが新事業応援ファンド助成金という助成金制度に巡りあうことができた。第1回目に応募したが、なかなか理解してもらえず採択されなかった。あきらめずに再挑戦して、第二回目の応募でようやく採択された。これで試作の資金調達ができた。先ずは、積み重ね可能な筐体開発を行った。農業用育苗パレットの大きさから、筐体のサイズを40cm立方に決めて試作を行った。筐体だけでなくポンプやLEDライトをコントロールする、PICマイコンを使った電子回路も試作した。実は、PICマイコンのプログラミングに最も多くの時間がかかった。大津商工会議所から紹介してもらったベテラン技術者が電子回路試作に協力してくれた。また、ベテランの工業デザイナも、手描きのイメージ図を描いてくれた。多くの方々の協力の下で、試作機が4台完成した。栽培能力は高くトマトやイチゴの栽培も可能であった。
しかし、欠点もあった。40cm立方というサイズは大きすぎるのだ。また、養液タンクの取り外しも容易ではなく、きれいに洗うことができない。栽培するたびに、汚れが広がってくる。これでは長く使えない。そこで、3DCADを使って一回り小さなサイズ、つまり30cm立方のものを設計してみた。金型で製造することを前提に、射出成形可能であるように設計するのは、初めてのことで何度も設計をやりなおすことになった。できあがった3D図面のデータを3Dプリンターに入力して、実物大の試作品を作成した。かなり良いできでありデザイン性も高かった。また実際に植物栽培をすることもできた。
この試作品を、びわ湖環境ビジネスメッセで出展を行った。多くの人が、目新しい出展に興味を持ってくれた。中でも強い興味を持た数社の企業とコンソーシアムを結成し、事業化を目指した検討を行った。
コンソーシアムメンバーが資金を出し合って、製品プロトタイプを試作し、テストマーケティングを行った。また、量産化を目指した製品設計も同時進行した。試作品は200台の製造を行い160台を販売した。苗の輸送方法の検討も続けた。試作機の栽培性能は優秀であった。しかし、実使用において、養液タンクの掃除がしにくいとか、栽培トレイや栽培カバー部分、苗の根を直接指で持つことなどの問題が明らかとなった。
量産タイプ 新型アイティプランター
量産タイプの新型アイティプランターは、ABS樹脂を使った射出成形で製造することになった。金型が必要であるが、製造予定数で償却することとした。LEDには、信頼性の高い日亜化学のチップ型LEDを使うことにした。制御用電子回路も作りなおした。内蔵時計は、より精度の高いものになり月差15秒になった。パソコンと通信するPICマイコンも16bitのCPUになった。PICマイコンのソフトウエアも自己診断機能のあるものに新しく書き換わった。製造コストは高くなってしまうが、養液タンクは取り外し可能なものとし、掃除などのメンテナンスがしやすいものになった。メンテナンスは、アイティプランターを長期間使うと、必ず直面する課題であるから重要なことである。ポンプも、初期駆動力を増やすためにブースター機能を付け加えた。これにより、2大トラブル要因であったポンプとLEDに関して対策をとることができた。パッケージデザインも行い、商品としてできあがったのが2012年8月であった。
展示会出展
2012年9月の東京インターナショナルギフトショーは、日本最大級規模の展示会である。非常に多数の来場者が見込まれる。株式会社アイティプランツは、小さなブースを1コマ借りて出展を行った。奥まったところにあるブースであったが、途切れることなく見学者が来てくれた。今までにない、新しい商品に大いに期待が集まった。
<続く>